最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)586号 判決 1998年6月22日
上告人
竹村賢子
右訴訟代理人弁護士
松村博文
被上告人
小泉愛子
右訴訟代理人弁護士
小林明子
主文
原判決を棄却する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人松村博文の上告理由第一点の三について
一 本件は、被上告人が、上告人に対し、詐害行為取消権に基づき債務者と上告人との間の贈与契約の取消し及び贈与された不動産につき経由された所有権移転登記の抹消登記手続を求める事件であり、原審の確定した事実関係は次のとおりである。
1 被上告人は、前田淳こと亡崔三次が代表取締役をする株式会社三協に対して、金銭消費貸借契約及び準消費貸借契約に基づき昭和五六年八月二二日から昭和五九年二月四日の間に生じた合計二一五〇万円の債権を有し、三協の連帯保証人である亡崔に対して、右同額の連帯保証債務履行請求権を有していた。
2 また、被上告人は、亡崔に対して、昭和五二年七月六日から昭和五六年一二月二一日の間に亡崔の依頼で立て替えた費用合計一一八九万八九〇二円につき、右同額の求償債権を有していた。
3 亡崔は多額の債務を負担していたところ、亡崔と上告人は、他の債務者を害することを知りながら、昭和六一年二月一日、亡崔の所有する第一審判決別紙物件目録(一)ないし(四)記載の不動産につき贈与契約を締結し、同年四月一八日、上告人への所有権移転登記を経由した。
4 上告人は、本訴において、被上告人の三協に対する債権は期限の定めのない商事債権であり、五年の経過により時効によって消滅したから、亡崔に対する連帯保証債務履行請求権も消滅し、また、亡崔に対する求償債権は立替後一〇年の経過により時効によって消滅したとして、消滅時効を援用した。
二 原審は、右事実関係の下において、上告人は、債務者亡崔がした贈与契約の受益者にすぎず、被上告人の有する債権について消滅時効を援用し得る立場にないとして、上告人の消滅時効の抗弁を排斥し、被上告人の請求を認容した。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
民法一四五条所定の当事者として消滅時効を援用し得る者は、権利の消滅により直接利益を受ける者に限定されるところ(最高裁平成二年(オ)第七四二号同四年三月一九日第一小法廷判決・民集四六巻三号二二二頁参照)、詐害行為の受益者は、詐害行為取消権行使の直接の相手方とされている上、これが行使されると債権者との間で詐害行為が取り消され、同行為によって得ていた利益を失う関係にあり、その反面、詐害行為取消権を行使する債権者の債権が消滅すれば右の利益喪失を免れることができる地位にあるから、右債権者の債権の消滅によって直接利益を受ける者に当たり、右債権について消滅時効を援用することができるものと解するのが相当である。これと見解を異にする大審院の判例(大審院昭和三年(オ)第九〇一号同年一一月八日判決・民集七巻九八〇頁)は、変更すべきものである。
これを本件についてみると、前示の事実関係によれば、上告人は、亡崔から本件不動産の贈与を受けた詐害行為の受益者であるから、詐害行為取消権を行使する債権者である被上告人の亡崔に対する求償債権の消滅時効を援用し得るというべきであり、被上告人の三協に対する債権についても、右債権が消滅すれば亡崔に対する連帯保証債務履行請求権は当然に消滅するので、その消滅時効を援用し得るというべきである。
したがって、以上と異なり、上告人は右各債権の消滅時効を援用し得る立場にないと判断した原判決には、民法一四五条の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく原判決は破棄を免れない。そして、記録によれば、被上告人が債務者の承認による時効の中断等の再抗弁を主張していることがうかがわれるから、消滅時効の成否について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)